2019年7月23日火曜日

綟摺(もじずり)


今年はネジバナ()がよく咲きました。ここへ引っ越してきた頃はあちこちで見られたけれど、だんだん少なくなってきているように思われる。庭でもチラチラとは見かけるのだけれど今年は沢山咲いてくれました。と言っても何をしているわけでもなく放任なのですけど偶々なのか可愛い花をあちこちにつけました。

とは言え立派なラン科の植物で小さな花をよく見るときちんとランの形をしています。絵として描いたことはないですけどハガキの隅に簡単に挿絵みたいに描いておくと喜ばれますね。都会ではこのように簡単に見られないようで、ご存知でない方も多くおられます。まあ、草ですねと仰ることもありますけど。

全てがデジタル化されて良い面も勿論あるんですけど失うことも多いように思います。アナログレコードが人気復活なんて記事も見かけますが、果たして本当に復活なのか一時的な風なのか見極めてみたいと思っています。

2019年6月28日金曜日

QUAD44と606の組み合わせ


仕事場のアンプ、Spotifyをダラダラとかけている位なので、暫くTEACのA1Dを使ってBGM代わりにして、まあいいかと聴いていたけれど、何となくTANNOYのImpuls15とは不釣り合いだしなあとは思っていた。昨日、辺りを見回したらQUAD44と606が遊んでいるのに気が付いて取り敢えずどんな音が聞けるかを試してみた。年を取ると全ての事が億劫になっていけません。

雑いですけど写真のように取り敢えず適当にケーブルを見つけて音を出してみました。聴いてしまうと流石に戻れませんねぇ。比べるのが酷なんですけど音域、響きどれを取っても雲泥の差ですし、こんな老人耳でも音域と音質は別物と感じます。ほぼ高域は全然聞こえてませんし、よく聞き返すと家人には言われるし耳鳴りもあるので散々なんですけどそれでも音質の違いとか空気は肌で感じますし厄介なものですわ。

確かに年代的にも符合するしデジタルアンプには無い温かみもあり心にじわーっと染み込んできます。オーディオ華やかな頃に好き者が集まるとアンプ派ありスピーカー派ありで議論したものです。僕はどちらかと言うとアンプ派でしたので沢山自作もしました。割にスピーカーは取り替えずに固定していました。どうしてスピーカーをドライブするかに苦労していましたねぇ。若かったし面白い時代でした。

取り敢えず仕方ないので重い機材をどっこいしょとラックに入れて狭いところに手を突っ込んで結線するのも面倒ですけど仕方ないなあ。QUADはコネクタがDINなので余計ややこしい。残りの人生も時間的に限られてきたので良い音を楽しむ事にしましょう。

2019年6月16日日曜日

MACを初期化


せっかく新しいiMACなのに10年以上使ってきた旧iMACからそのまま移行したものだからゴミも一緒に引っ張ってきたようでノロノロの状態が続いていた。OSのアップデートもあり、すでに動かないアプリも出てきたので、仕方なく整理しようと言う事で完全に初期化しました。データだけを移行することにして、アプリは移行せずに必要なものだけを考え直して少しづつセットアップする事にしました。完全にクリーンインストールということになりました。お陰で少し時間はかかったもののかなりのスピードアップになりました。これなら快適です。

常に外付けのHDDにバックアップを取っていますので比較的スムーズに再構築できました。それでもHDDのフォーマットの時は少し緊張しますねぇ。OSがうまく再インストールできたのを確認すると、まあやれやれと言うところですか。アプリ以外のデータが綺麗に戻ってくれたのでAdobeとかSpotifyなど順にアプリをインストールしました。Winより楽チンに再構築できました。

2019年6月13日木曜日

モズの雛が巣立ちました。


モズの雛が巣立ちました。投稿が遅れ気味なので申し訳ないんですけど、もう既に三日位なるかなあ。丁度この写真を撮った明くる日にカミさんが巣立ったようですよと言うので巣を見たらもう空っぽだった。無事に元気で親鳥まで成長してくれると良いんですけど。

自然の掟というヤツはなんとも無情な物で、以前にも鳶が鳴き叫ぶヒナを鷲掴みにして飛び去っていく姿を見たり、イタチや猫など地上も敵で一杯です。しかし、その鳶にもヒナがいて餌が必要なんだと思うと自然の摂理を感じざるを得ません。そんな中、無事に大きく育ってくれたら良いと願うばかりであります。ここは少々山の中と言えばそうなので自然に囲まれていて良い事ずくめに聞こえるかも知れないのですが、自然の厳しさは直ぐ身近に感じます。成長した経済下で育つとつい忘れがちですが、人間も自然の一員なんですよ。


2019年6月4日火曜日

百舌鳥のヒナが孵りました。


全然気がつかなかったのだけれど、モズがキンモクセイの上に巣を作っていた。隣接したもう一本のモクセイが大きくなって、通るのに邪魔になってきたので思い切って伐採したら、アラ、えらい事やで!となったんですが、幸い大事には至らずヒナが孵りました。キジバトは巣も大きいし、バタバタと樹に潜り込んでいくので直ぐに気が付くんだけど、まさかモズが巣をしているとは全く気が付かなかった。二、三日前からピーピーとヒナの鳴き声が聞こえるようになり、親鳥が交代で餌を運んできています。

僕もモズの巣は久しく見なかったので(確か随分前にも巣を作ったように記憶してるんですけど)カミさんと二人で尻尾が見えたとか交代にやってくる親鳥をじっと見ていたりしています。巷では虐待とか騒がしいけれど鳥の世界は天敵から必死で守る親鳥がいたりします。巣立ちまでゆっくり見守っていてやりたいと思います。

2019年4月29日月曜日

長浜に行きました。


ちょっと、くだらない用事で長浜まで出掛けました。連休に入っているので道路も一杯かなと思いながら琵琶湖岸沿いを北へ北へと車を走らせ、と言っても若い者が一緒なので僕はあまり運転しなくても良かったんですけど。ようやく長浜に着きました。それでも便利になりましたよ。所用を済ませてから少々ぶらりと観光客よろしく市内をうろついた。黒壁ガラスの二階に上がると世界のガラス工芸品が並んでいて勉強になりました。以前なら長浜と言えば浜ちりめん!だったんですが、そんな話も今は昔になってしまったですねぇ。すっかり観光都市になって沢山の人が楽しんで居られましたんですけど、一抹の寂しさを感じました。やっぱり、地方都市へ行くと徐々に力が弱っているように感じます。地場産業が不発になると何かに頼るんでしょうけど、あまり強さを感じないのは僕だけでしょうか。まあ年寄りのお節介かもです。あちこちしているだけの時間が無かったので、ほんの一面だけ見ているのかも知れないです。何はともあれ少し違った空気を吸ってきました。

2019年4月28日日曜日

デジカメを買い換えた。


持ち歩くデジカメを買い換えた。CanonのPowerShot S90を10年近く使ってきた。露出補正やISO感度など瞬時に変更出来てとても使いやすかったので、いつも鞄の中に放り込んでいたんですけどスマートフォンのカメラの精度も上がってメモカメラが不要になってきた事もあり、少し目的を変えてみることにしました。あちこちのWebページを検索していくと随分進歩していますねぇ(当たり前か!)。以前はCCDのサイズなんかに拘ってやっぱりこっちだなんて決めてましたけど、それで行くとSONYに決まっちゃうし取りあえず画像だろ!って事でFrickrなんぞをウロウロ見ていると意外にパナのカメラが目にとまりました。電機メーカーのは嫌だなと思いつつもライカの影響を受けたのかやっぱり目に止まります。おまけにマイクロフォーサーズなんて小さなサイズのCCDは・・・とも思ったものの持ち運びの簡便さとこの大きさでレンズ交換が出来るとなるとやっぱりこれで決まりかなと。丁度、程度の良い中古品を見つけたので思わずクリック! パナ製のライカも興味あるけど取りあえず純正レンズとライカLマウントのマウントアダプタでロシアレンズを使うことにしました。見慣れた風景を撮ってみたけどコレいいみたい。

2019年4月11日木曜日

海津大崎へお花見に


海津大崎の桜を見に行きました。何度も見るけれど約800本ほどの桜はいつも見事です。例年多くの観光客で一杯なんで時間を考えて夕方に着くように家を出ました。特に今年は気温が不順で地元でも6日7日あたりが満開の予想だったようですけど急な寒の戻りなど有って今日あたりが満開になったようです。途中で事故渋滞に遭ったりして少し予定より遅くなったけど5時前に到着したら案の定、殆ど観光客の姿も見えず地元の人達がゆっくり花見をしておられるだけでした。

ライトアップがあるわけでも無く日が暮れると真っ暗になる所なので夕方から花見に来る人達はほぼ滋賀ナンバーの車だけ、中には軽トラも混じっていたりして日が暮れるまでノンビリお花見をされていました。実にほのぼのとしてこういう光景は大好きですね。僕も地元とは言えないけれど湖西道路を使うと結構早く行けるし色んな事で通い慣れた道なのでちょっとそこまで、と言う気分で出掛けられます。

京都の桜も綺麗ですけど、こういう自然と溶け合った桜の方が僕は好きですし、田舎とは言えないまでも何となく空気がのんびりして知らない人でも、お互いに簡単に挨拶を交わしたり暖かさを感じます。日が沈んで薄暮になってから奥琵琶湖パークウェイまで車を走らせました。もう少し早めの方が良かったねとカミさんと話しながら暗くなってきた坂道を走りましたが、ここも桜で一杯です。大きな湖で東西が分断されているので滋賀県はどうも手勝手が悪い印象を持ちますが、そのお陰で心地良い風景はあちこちに一杯有ります。夕方からとは言えゆっくりこころを洗ってきました。


2019年4月9日火曜日

Macを買い換え


以前からボチボチかな?ボチボチかな?と思いながらずっと引っ張ってきたんですけど、やっとiMacを買い換えました。もう10年以上使って来て(2007年製)HDDを一度交換しただけでメモリーも強引に6GBに増やして使ってたけど随分働いてくれました。今回はMAC-miniにするかとも思ったけれどディスプレイの美しさに負けてやっぱりiMacにしました(4Kなんか不要なので現行で一番安いヤツ) 老眼にも優しそう。

移行アシスタントを使うと簡単に以前の状態を引き継げました。とは言うもののやはり環境が変わるので起動が遅いアプリや少し不具合なものが出たりして少しずつ整理しながらになるんでしょうね。OSのバージョン違いなどもあるのでね。ただphotoshopなんかは早く動くので結構楽しいし、RAW画像からの現像も速いです。pdfに変換する時なども殆ど待たなくて良いようになりました。(10年以上の差があるのだから当たり前や!)

これなんや?と言うような事や、Siriを内蔵マイクで使えたりiPhoneとの連携とか長らく使い慣れてきた事と違うことがあると戸惑いますなあ。とは言えなかなか満足ではあります。まあ、ボケ防止にはなりそうです。キーボードとかマウスなんかは新しく付いてきた物は使わず以前から使い慣れているサードパーティー製のものを使っています。まあ、何はともあれ使っていきますわ。


2019年3月26日火曜日

ふらっと湖北へ



大切な仕事が一頻りしたのでふらっと海津大崎まで出掛けた。桜の時期になると動けないほどの人出になるけれど今はまだ蕾ふくらむ位だった。湖面はとても穏やかで心洗われるように日暮れまでノンビリと過ごしてきた。

海津まで行くと魚治さんの鮒寿司を買って帰る事が多く、お世話になった知り合いにも送る事にしました。鮒寿司は大変好き嫌いが多くて、まず一番聞くのが「臭い!」なんですけど確かに僕も臭いという印象しか持っていなかったです。漬け方が色々あるようで魚治さんの鮒寿司を知るまでは、臭いので要らないと言う思いしかありませんでした(いろいろ食べたけど・・)。 でもここの鮒寿司を知ってからは美味しいと思うようになりましたねぇ。いずれにしても発酵食品なんで癖はありますわ。値段が高いのに好き嫌いが激しいので贈答には持って行かないと言う声も聞きますね。まあ、確かに僕も判っている人にしか持って行かないか。

桜の時期に空き場と時間を考えて人混みを避けながら、もう一度出掛けますかね。


2019年3月11日月曜日

ベーコン燻製


















突然、燻製を作ろうという事になって、燻製器を買った。と言うのは東京に居る娘が医者から偏頭痛の原因かも知れないからと止められている発色剤が、殆どの市販ベーコンに入っていて食べられない!と言う事から始まったのでありました。人様から自家製の燻製品を頂く事はあっても自分でやった事がないのでよく判らないけれど何とかなるだろうと見当を付けて何も考えずに燻製器をポチッとやったのであります。ポチッとやってからいろいろ調べてみると結構大変なようですな。順序が逆やろ!と言われそうですけどまあポチってしまったのでやるっきゃ無いですわ。と言うわけでもう二回くらい挑戦したんですけど、火加減が結構難しい。ただ、二回やって凡その感覚はわかってきた。で今回は三回目、まあまあ納得のいくベーコンが出来ました。桜のチップとウッドを上手く使い分けると何となくうまく行くようですわ。スモークチーズや卵もやったけど、下ごしらえしたり(チーズは要らんけど)それなりに時間がかかるけど、食べる時はみんなで一瞬!こんなん凝り出したらキリが無いねぇ。


2019年1月27日日曜日

こころを育てる


随分、更新が滞ってしまったのですが年末年始に掛けて新しい作品イメージ制作と写生などに加えて、又々アホな趣味に凝り出してしまったのが運の尽きというか、そっちにパワーを取られてしまいました。久しぶりに戻ってきて何をネタにしようかと思っていた所、カミさんが同級生から聞いたという方の著書に興味をそそられて古本を探して買ってみた。

確かになかなか良い本というか著者の八ツ塚先生の人間味溢れる講義記録に思わず引き込まれて一気に読んでしまった。僕が中学生の時に担任だった先生(故人)もこれ程ではなかったけれど何時も生徒に寄り添って下さった先生だったことを覚えている。いつも学校側と対決してでも生徒の目線を持った方でありました。その頃でもいじめはあったものの今のように陰湿では無くカラッとしていたと記憶している。又誰か必ず庇うヤツがいた。この本の中で八ツ塚先生は笑いの中に潜む危険と言う事を書かれている。笑いにも種類があって人間として常に戒めなければならない笑いがあると。人の心を傷つける笑いは絶対に戒める。とても大切なことだと思ったし年を重ねてしまった今でも常に心しなければとも思う。

いつも思うことなんだけれどスマートフォンという便利この上ないツールが出来てとても重宝だ。でも、これは諸刃の剣で使い方を間違うと凶器に近いものに変化すると思う。いっそのこと無かった方がと思うこともあるが、これも科学の進歩を止めることになってしまう。僕は少なくとも人間としての自覚が出来るまでは持たない持たせない方が良いと思っている。僕ら世代はアナログを経験してデジタルに移行した。つまり、デジタル化したこの世の中でもアナログの世界を知っている。しかし、若い人達はデジタル漬けでアナログの世界を知らない。人間として育つにはこの両方を経験するべきだと思っています。タブレットを使った授業も結構だけれども、先々を追うのでは無くてちょっと振り向く余裕が欲しいな。